![]() 両方使いながら自らそう思うところ大有り。残るは何を使っても問題はどう撮るか。 根本的なことだけは機材によってかわらない。写真の世界はいつも広いですねぇ。 ![]() 亀さんは首をのばして気持ちよさげに甲羅干し。「ゆるい」写真でございます。 ![]() 暗かったのでELMARIT-M 90mm 開放のf/2.8で撮りました。だのに質感 と立体感がよく出ているように思う。絞り開放は普通ぼかすためのものなのに。 ![]() 時々この池に足を運ぶようになりました。 ![]() すばやく移動(飛ぶ)する。ゴイサギさんが横にいる回数が多い人は釣るのがうまいようです。 ![]() このおじさんの話によると、みんななかなか釣れないとゴイサギさんは待ちきれなくて 自ら池の中に入るらしい。だったら最初から自分で探せばよいのにですが、釣り人の 楽しみのじゃまをしない。体を使わず確実にエサをモノにできる。この池では釣り人と ゴイサギの共生という空気があって、ベンチで座ってながめていると楽しくなります。 ![]() それにしても写真ネタが枯渇。最大の原因は撮る回数と枚数が少ないこと。 ライカのサイトですがこれは素晴らしい。全部見るには時間がかかるけど。どうぞ。 超一流は撮り方が軽快でポイントばっちり。機材を手の内にして使い倒している。 ![]() ![]() 二枚目の写真は『亀井堂』で、経木を流せば極楽往生が叶うと言われています。 ![]() ![]() ![]() ばれ、すぐ隣りの和歌山県橋本市に入るまえあたりから『紀ノ川』と呼ばれます。 行くようになった動機は、『天誅組(てんちゅうぐみ)』が活躍した土地であることが 一つの理由です。彼らが目指した世直しは彼らの手では結実しませんでした。し かしその後の明治維新に影響を与えたことは事実です。 徒手空拳だった彼らの『心意気』にほれぼれします。薩長土肥だけではなく、失礼 ながらも京都ではない当事ど田舎であった大和(やまと)五條の地において立ち 上がった彼ら。立派だと思います。自分の好きな坂本龍馬や高杉晋作のような心 意気を持った若者はあの時代たくさんいた。歴史に名を残す者と残さざる者の違 いは紙一重なのだと思います。 隣りには吉野があり大塔村(昨年の集中豪雨で被害が出た)がある。南北朝時代 に関わりを持った土地柄としての背景があります。彼らが決起した場所的要因も あったのかもと個人的には考えています。先人に対する敬いと郷土への誇り。 『地球市民』なんちゃらよりも『日本人』は日本人らしくあるべきだと思うような年頃 になりました。(苦笑)
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